安倍首相辞めはりますか

 ひさしぶりのネタが安倍総理辞任というのはどうなのよ、とは思いますが、せっかくの任期最長政権なのだし遠慮してもなんだし、自分の整理がてら書きましょう。

 理想と現実のギャップがあまりに大きく、埋めることができなかった首相でした。
 「日本を取り戻す」「政治は結果責任」を主張する保守でナショナリストでタフな指導者。それが見せたい姿だったのでしょう。僕も本当に目指す目標についてはあきらめない、油断ならぬ執念深さを持っているという評価でした。

 どっこい、振り返ってみれば調整型、それも自分と利害と世界観の一致する狭いサークルを好む安定志向の人物だったように思います。繊細で気配りができるということでもありますが、残念ながら度量がおそろしく狭かった。自分に自信を持って突破するタイプではないのでしょう。
 財政出動にある程度積極的だったことや、いち早くトランプ大統領に仁義を切りに行ったのは大筋では良かったと思います。最低賃金の値上げは素晴らしい。これはトートロジーにもなりますが、終始ふらついていた民主党政権(そして第一次安倍政権以降の短命な自民党政権)を目の当たりにしていた国民にとって、なにより安定していた事自体が評価されたのでしょう。あと昭恵夫人を徹底的に守る姿は好感を持ちました。あれには嘘がない。

 一方で沖縄県との具体的な交渉は拒否し、内閣の最重要課題と位置づけた拉致問題北方領土問題はいっとき熱心に動きながら途中で急に放りだす。女性活躍と地方創生は鳴かず飛ばず。本人がいちばんやりたかったであろう憲法改正も(とはいえ改正自体が目的で、良かれ悪しかれ本人に確固たるイデオロギーがあるようには見えません)、あれだけの議席を持ちながら結局動かすことができなかった。改憲派にとっては重大でしょう。景気判断をごまかしながら消費税増税を決断……いや、既定路線を覆すこともできませんでした。
 説明を拒否し、利害が対立する相手との交渉も避け、問題が存在することを認めないことで問題化させない。重大な政策判断がどのように行われたのかどのような意図があるのか、現在はおろか後世からの検証も忌避する。菅官房長官が辣腕をふるうことでとみに強まった官邸の権力が、政策の実行ではなく政権を守ることに使われる……。
 この不誠実さ度量の狭さが長期政権たり得た要因のひとつだと評価され、後継の内閣に前例として踏襲されることをいちばんに案じます。

 タフなリーダーを演じた任期最長政権の割には、結果に乏しい。繰り返しになりますが、安定自体に価値があったと評価される政権だったのでしょう。Twitterではブレジネフという比喩を見かけました。
 国難を叫び政治は結果責任と見栄を切った首相が、本物の国難のさなか官邸を去ろうとしています。おつかれさまでした、と言うのはかえって嫌味になりますね。悪人ではなかったと思います。むしろ身内を大事にし、小心で評判を気にするおとなしい人物でした。ここで退陣するのもおそらく本当に無念で逃げではありますまい。
 難病で辞任するのは安倍さんにとっても、審判を経ないという点で今後の日本にとっても不幸なことでした。ゆっくり養生し、勇気を持って8年間の検証に相対してもらいたいです。

 安倍政権の問題点の多くが北方領土をめぐる日露交渉に現れていたと思います。専門家を交えない狭いサークルでの意志決定、世界観を共有せず利害が対立する相手との交渉下手、重大な問題にも関わらず説明を拒否すること、などなど。もちろんそれだけの本ではないですが、安倍政権を検証する上で読みどころの多い一冊。お薦めです。

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 安倍政権で表面化した公文書管理のずさんさ。長年の慣行や、小さな局面では合理的だったりして安倍首相ひとりの責任に帰することはできませんが、その適当さをおおいに利用し助長してきたのも確かです。遅まきながらアーキビストの育成に乗り出したのは評価するので、今後の政権はどんどん金と人を突っ込んでいただきたい。行政の基礎がおそろしくいい加減なことに唖然とする面白さで必読。

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