『戦争は女の顔をしていない』コミック版について、個人的補遺

 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』の小梅けいとさんによるコミック版、1巻が先日発売となりました。僕も監修という形でお手伝いしています。多くの方に買って頂いているそうで、本当に嬉しいことです。

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 ところで、発売前から「コミック版は『可憐な女性兵士のけなげなエピソード集』『泣けて感動する話』として『消費』されてしまうのではないか」と危惧するご意見がありました。発売後もよくお見かけします。これはまったく正当な懸念です。

  漫画というのは情動を刺激するメディアであり、まさにそこが強みです。強調するにせよ抑制するにせよ、ほぼ全ての漫画家はそこに自覚的です。おそらく誰が描いても感動物語になり得るでしょう。
 そして、僕はこの作品で泣いたり感動したりエピソード集として楽しんでも別にいいのだろうと思うのです。自分の情動を止めることなどできますまい。僕も群像社版を読んで、まずそういう楽しみ方をしました。

  幸いにして、人は世界についてもうちょっと複雑な受容ができます。
 エピソード集として感動すること、それは自分の知っている物語の枠に分類し、世界観のしかるべきところに置いて安心する作業でもあります(「美少女戦争漫画だろう」にとどまる批判も実は同じことです)。
 もう一歩想像力を働かせて、どうか不安になって頂きたい。
 台詞はただの台詞ではない。元兵士たち、あの戦争、あの時代、あの国について我々がなにを知っているというのか。
 この本は理解するためのものではありません。理解していないことを知るための本です。そう簡単にわかってたまるものではないのです。僕なんかさっぱりわからないことだらけです(監修として問題発言)。

  単行本の解説でも触れましたが、小梅けいとさんの作画・作劇でなにより素晴らしいのはその想像力です。原著のごく短い証言から、あれほど豊かな描写をつむぎ出します。原著に感動して安心して理解したつもりで描けるものではない。手探りです。
 しかも、その結果が正しいわけではありません。
 想像力の例を提示しているのだ……と僕は思っています。

 なので、是非岩波から出ている原著も読んでください。近日中に電子書籍化もされるそうです。コミック版を参考にしつつ、あなたなりの解釈を出してください。元兵士たち、あの戦争、あの時代、あの国……いや、そもそも人というものについて、我々がなにを知っているというのか。

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 我々はさまざまなメディアを通し、簡単に他人のことをわかってしまいます。わかってラベルをつけて、自分の世界観のしかるべきところに置いて安心してしまう。そう簡単にわかってたまるものではないのです。
 『戦争は女の顔をしていない』コミック版は、他人や社会のことを考える方法についてヒントをくれる、すごい作品なのですよ。

追記

 1巻にはまだ収録されていない第八話(原著の前書きに相当します)が、『戦争は女の顔をしていない』の読み方について大きな示唆を与えてくれています。是非是非。