立秋を過ぎた東京はたしかに暑くはあるんですが太陽の圧のようなものが弱まった気がします。気候変動は深刻な問題だし、そもそも二十四節気は旧暦に合わせたものだから言葉に惑わされぬよう。
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八ヶ岳は清里へ家族旅行に出かけたりしました。涼しいし野菜美味しいし、天国か。あとパラグライダー体験なんてのをしてきましたよ。甥っ子たちの順応の早いこと。僕は荘重に走り荘重に浮き上がりました。飛行ではないな、多分。
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敗戦の日です。80年。
僕が人格形成されたのが1980年代で、敗戦から40年前後。従軍経験のある祖父から当時の話はいろいろ聞いていたし(あとから考えてみれば言わなかったことも多いのだけど)、TVの戦争番組には旧軍幹部が矍鑠として出ていました。アジア・太平洋戦争は地続きでした。
しかし80年は長い。いま25歳の人にとってはもう完全に歴史です。身体性を持った具体的な記憶が失われ、抽象化するのも致し方ない。そういうものです。無理に語り継いでも身体性を取り戻すのは難しい。具体性は戦争だけでなく、当時の生活様式や文化等、すべての上で成立するものだからです。調べることでそれに迫るのは可能でも、万人に求めるのはいささか厳しい。アート(技芸)である「記憶」ではなく、普遍性のある「記録」の時期になりつつあるのでしょう。
こう書くとともすれば情念優先だった戦後平和教育への批判にもなるのだけど、でも情念のないところに力は無い気もするのですよね。これは情念のメディアである漫画を稼業にしているからかもしれませんが。核兵器の使用を押し留めているのはやはり情念の力なのです。
さて記録の時代になりつつある今、あの戦争を恒例行事のように振り返ることに意味はあるか。そんなものにとらわれず、現代の安保情勢について考えるほうが大事ではないか……といった意見があります。僕は同意しません。
目先の利益にとらわれ、組織も部分最適化され、そうこうしているうちに集団的無責任と行きあたりばったりのなか侵略と愚劣きわまる戦争にのめり込んで国内外の人々に多大な犠牲を強いてしまった。その経験と反省があるからこそ人権に民主主義、国際協調を普遍性をもって語ることができるのです。ロシアのウクライナ侵略もイスラエルのガザやヨルダン川西岸での無法もその場その場の流れではなく、一貫性のもと非難することができる。
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」
これはそんなものは存在しないと冷笑する夢物語ではなく、アジア・太平洋戦争を経験したからこそ目指すべき具体的な指針なのです。俺は信じる、そのために行動すると真顔で言える。
短期的な施策と部分最適化と無責任はまったく過去の話ではありません。80年前のありとあらゆる愚かさへの反省を日本が依って立つ理念にせねばならない。それは自虐ではなく強さです。
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そのためにもちゃんとした戦争博物館は必要だと思うんですけどね。ぼちぼち気合い入れて建てませんか。