チェチェンへ アレクサンドラの旅』

 静かな小品ですが、これは傑作です。マスト観るべき。僕の好きな戦争映画ベスト10に入るかも。戦場も戦闘シーンもなく、チェチェン(作中では明示されていません)のロシア軍駐屯地に、一人の老婆アレクサンドラが孫である将校を訪問する……というだけの話ですけども。より正確に言えば戦争を扱った映画なのであって、戦争映画ではないのかな。
 おばあちゃんというのは、時としてえらく的外れなことを言います。パレスチナ紛争を報じるニュースを観ながら「なんで仲良くできないんだろう」と実に素朴な疑問を口にしたり。いろいろ説明してもピンと来る様子はありません。こちらとしては苦笑いするしかなく、心のどこかで「わかっちゃいねえなあ」と考えたりします。しかし、本当にわかっちゃいないのでしょうか? 僕は理屈や知識や情熱などを大事にこねくり回していますが、彼女だってかつてはそういう年頃があったはず。つまり、それらを全て知ったうえで僕の浅はかさを見透かされているのではないでしょうか。駐屯地を訪ねたアレクサンドラは頼りなくふらふらし、兵士や将校たちは場違いな彼女を持て余しているように見えます。そして「わかっちゃいない」という表情をします。しかし、おそらくそうではない。理論武装しても蛮行は蛮行なのです。この映画はチェチェン紛争それ自体をテーマにしたものではなく、他の戦争全てに通じる普遍的な作品だとソクーロフも言っています。
 ところでロシア政府がチェチェン紛争に関して報道管制を敷いているのは事実でしょうけど、一方でこういう映画の製作を後援しているのは驚きました。グロズヌイにある、本物のロシア軍駐屯地で撮影したそうです。登場する軍人や兵器も全部ホンモノ。なんのかんの言ってえらく懐の深い国です。そんなわけでミリオタ的にも見どころ沢山だったのは業が深いですねどうも。
 そうそう、アレクサンドラを演じるガリーナ・ヴィシネフスカヤが本当に素晴らしい。半分惚けたような役どころなのに、実にエレガントでした。東京では今月いっぱいで上映終了なんですよね……いやしかし可能ならば観るべきです。是非劇場で。DVDも多分買うけど。