ひさしぶりの更新が映画『T-34』のお話

 『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』がロシア映画としては異例の国内ヒットを記録しているのだそうで、良いことです。景気がいい話はいいですね。

 

www.youtube.com


 しかし僕にとってこの映画は公平に見て凡作、好みを押し出すなら駄作でありました。映画館からの帰り道、怒りのあまりやよい軒でごはんをおかわり3杯頂いてしまったほどです。『ジョーカー』も激怒したので、激怒映画が連続してしまいました。それもまた映画と人生の醍醐味であります。

 さてさて、この映画のコンセプトはロシアでは数少ない、明朗な戦争冒険活劇です。僕も戦争冒険活劇は大好きだ。マイフェイバリットは『戦略大作戦』か『独立愚連隊西へ』か。コンセプトはおおいに結構なので、そこを踏まえて考えてみましょう。

 戦争冒険活劇として致命的に駄目だったところは主に二点。脚本……より正確にはキャラクターの雑さ。もうひとつは戦車に対するフェティッシュが中途半端であることです。

 『JOJOの奇妙な冒険』には設定の矛盾が多々あります。しかし登場人物の感情に矛盾はないのでアニメ化する際に脚本が書きやすい。そのようなことを言った脚本家の方がおられるそうですね。これです。『T-34』は登場人物の感情がブツ切れで、それゆえにドラマに没入できないのです。

 致命的なのがイェーガー大佐でしょう。モスクワ前面で戦える状態にない主人公を撃つ、収容所でヒロインに銃を向けるなど、卑劣漢として描かれます。それがクライマックスで突然決闘を申し込んでくる。そんなキャラでないはずでは? あそこは本当に冷めました。もし行動原理が変わるならそれ自体がドラマになるはずなのに勿体ない。
 主人公とクルーたちの関係も適当。ヒロインとのラブロマンスに至っては言語道断。

 監督にはブツ切れの見せたいかっこいい場面があるだけで、それらをどう準備して盛り上げていくかの観点がきれいに欠落しているのです。「これはこういうお約束なのだな」と観客に甘えているのです。いいから脚本打ち合わせに俺を今すぐに混ぜろ。

 たとえばドイツ側の中心人物を二人にするといいのです。卑劣な上官と、正々堂々と戦いたい武人キャラというように。もしくは卑劣だったイェーガー大佐が組織から切り捨てられてすべてを失い、主人公と戦うことで自尊心を取り戻そうとする……でも悪くありません。
 主人公も熱烈な愛国者というだけで、魅力ゼロです。ドイツ軍への敵愾心のあまり部下を人扱いしていなかったが、さまざまな困難をともにする過程で互いを尊重し合えるようになる……といったドラマもできるだろうに。

 ヒロインとの適当極まるラブロマンスは、なんですかあれは。21世紀の映画ですか。あれぐらいならヒロインを出さないほうが圧倒的によろしい。もしくは、せっかくドイツ語ができるのだから通信兵にしてT-34の無線担当にするといった見せ場もできたはずです。それでドイツ本国に迫る赤軍とコンタクトを……とかね。

 「主砲の弾は6発」というのも、緊張感のない見せ方しかできていません。ハラハラしない。ドラマになってないのです。荒木飛呂彦に同じシチュエーションをまかせたら、それはもう盛り上げてくれるでしょう。他にも……いやきりがない!

 脚本が雑でも、絵が良ければいくらでも挽回できます。それが映画というもの。
 とはいえ『T-34』は絵も実に中途半端で……フェティッシュがありません。スタッフは戦車の凶々しい魅力について考えてない。『プライベート・ライアン』のティーガー登場場面、あれがフェチの一例です。
 モスクワの戦いにおける歩兵との絡み、夜が迫る森を行く場面、村での戦い……いずれもフックに満ちた舞台なのに、妄想が足りません。戦いのフィールドとしか考えていない。

 車内の映像もよくないですね。実車を使った撮影が完全に裏目に出ていました。決まりきった構図ばかりで飽きます。せっかくCGを多用しているのなら、実車でカメラを置くことができない視点も見せてくれたら良いのです。
 メカの動きの快感なら、アニメに勝つのは難しいです。いっぽうで実写の利点は情報量。泥、砂塵、水、煙……足りませんでしたねー。

 そしてなにより残念だったのが、T-34の名を関した作品なのに、肝心のT-34にキャラ性が欠けているところです。松本零士なら戦車自体を戦友としてねっちり描いてくれることでしょう。『フューリー』の、暴力と怒りの象徴としてのシャーマンは素晴らしかった(『フューリー』はマイフェイバリット戦車映画です)。
 キャラ性を捨て去りどんどん使い潰すなら、それはそれで大変T-34らしかったでしょう。そこまで踏ん切りもできない中途半端さ。最後の決闘での壊れ方とか、戦車への愛がないよ愛が。たとえば収容所で防水カバーをはがしたら、モスクワで乗っていたあのT-34が……! とかだったらそれはもう燃えるじゃないですか。

 ハッタリが致命的に足りないとか他にもいろいろあるのだけど、だらだら書いてもなんなのでこの辺にしておきましょう。
 駄作です。意欲作であることは認め……と思ったけど、手癖で作ってそうなところも多いな。意欲作認定撤回。しかしながら商業映画として結果を出している。そこはたいしたものと言わざるを得ません。すごい。えらい。勝ちに不思議の勝ちあり。

 とにかく雑で、雑さをカバーする熱さやフェチにも欠けるというのがあらためての結論です。加点法でプラスするところが少ない。冒険活劇を舐めるな。この映画が勝負する相手はマッドマックスだぞ。

蛇足

 イェーガー大佐は敵ながら主人公に惹かれており、その関係性が良い……という解釈も拝見します。正しいのかもしれません。

 しかし! そうなると大佐の個人的趣味につきあわされた部下たちはいい迷惑ではないですか。大佐の人間性評価ダダ下がりですよ。そこで、ちゃんと部下を描いて大佐の行動を不審に思う・もしくは応援する……といった場面を挿入すると逆に生きてくるのに(『戦場のメリークリスマス』がいい例になります)。