『日本のいちばん長い日』

  • 原田監督のリメイク版です。ベテラン俳優陣はさすがでした。特に山崎努の鈴木総理は茶目っ気もありつつ信念を感じさせて素晴らしかった。そしてそれ意外はまったくダメです。なぜ終戦の物語を凡庸な家族ドラマに落としこんでしまうのか。わざわざ阿南陸相や鈴木総理、昭和天皇といった人物の内面にスポットを当てるなら、もっと突っ込んだ見せ方をするべきで通り一遍な解釈しかできないならやらんほうがよろしい。一軍を率いる将としては無能、一撃講和を主張し、また跳ねっ返り気味な陸軍を統率するにあたっては腹芸を用い、熱烈な尊皇家で……という阿南惟幾を単なるいい人と描いては魅力も何もあったものではないです。国民を思うと同時に皇統断絶への個人的恐怖を感じていたはず(昭和20年初夏の昭和天皇は体調崩し気味だったそうで、ストレスは相当なものだったのでしょう)の昭和天皇も薄っぺらい名君では何をか言わんや。そしてその薄っぺらいドラマのために宮城占拠事件の枠が削られるもんだから少壮将校たちのギラギラした行動力に説得力が無くなります。
  • 岡本喜八版と比べる残酷なことはしないけど、敢えて言うならばナレーションや人物説明の字幕が無いとテンポや緊張感を削ぐことがよくわかりました。誰が誰かわからないし、状況もあやふやになるし、説明台詞は増えるし。
  • あ、中嶋しゅう東條英機はどこからどう見ても素晴らしく東條英機だったし、でも劇中での扱いはまったくダメだったので(まるで皇道派でした)、同じ役者で別の映画を撮ってほしいですよ。
  • 映画代返せ、という大駄作でないだけにつまらない作品でした。ザ・凡庸。★☆☆☆☆

ベルファスト71』

  • 北アイルランド紛争が最悪の状況を迎えていた1971年のベルファストを舞台に、部隊からはぐれてユニオニスト地区に取り残されてしまった兵士のドラマ。ミニブラックホーク・ダウンみたいなサバイバルものかと思ったら、それだけではなくIRA暫定派、ロイヤリスト民兵、軍工作部隊が交錯するエスピオナージュものでもありました。こうでなくっちゃ、素晴らしい。
  • 全編にわたって油断ならず、緊張感みなぎる佳作です。常に街頭で車が燃やされ、でもその前で子供が遊んでいる日常。暴力と馴れ合うことができたかと思ったら爆弾一発で吹っ飛ぶ世界。隣人を信用できない毎日。たまたま最近『紛争という日常: 北アイルランドにおける記憶と語りの民族誌』を読んでおいたのがとても良かった。お勧めです。★★★★☆

『野火』

  • 塚本晋也監督版です。ひとことで言うならば紛うことなき傑作。内務班の地獄や前線ですり潰される兵士の地獄、戦争指導の地獄に特攻の地獄を描いた邦画は今までもいろいろありましたが、戦記でさんざん読んできた密林の地獄……飢餓、白骨街道、蝿とウジ、あらゆる尊厳が剥ぎ取られた地獄は戦後70年経ってようやく今作で垣間見ることができます。ソ連の『炎628』、ドイツの『スターリングラード』に比肩しますよ。
  • 市川崑版も傑作でしたが、あの客観性叙情性、敢えていえば上品さのようなものは塚本版にはありません(あとで市川版を観たら説明台詞を含めて会話の多いことに驚きました)。主観に立った悪夢です。主役の田村一等兵も被害者として免罪されない容赦の無さ。もちろんこれはフィクションですし、居心地のいい映画館で鑑賞することは現実の百万分の一を撫でるにも値しない体験でしょうけども、、この地獄に多くの日本兵が投げ込まれ、生還した者もその記憶を抱えて戦後を過ごしてきたのかと思えば慄然とします。
  • 塚本監督は予算集めに本当に苦労し、『野火』は超低予算映画で作らざるを得なかったそうですが打診されてカネを出さなかった面々は恥じるといいぞ。
  • スペクタクル映画ではないけど、この濃密な絵は絶対にスクリーンで観るべきです。マスト。★★★★★