『ミサキラヂオ』(瀬川深)

すごいことなんかない
ただ当たり前のことしか起こらない――
フリクリ

 熱出して寝込んだのをいいことに読了。
 瀬川さんは74年生まれですか、若いのにこんなおっさんじみた話を書くなんてまー。ちょっと戸惑いを感じながら読んでいました。話自体は「ミサキラヂオ」というローカルFM局と、その周囲に集う人物たちの群像劇です。舞台となる年代は2050年なのですが、これが全然未来に見えないません。すごいテクノロジーを出せとかそんなことは言いませんが、さすがにCDコンポはないんじゃないかしら。しかしその辺に抜かりがある作者とも思えず、瀬川さんが書きたいのはおそらく2050年ではなくて現代なのでしょう(余談ながら僕が思い出したのは『プラネテス』の地上でした。あの世界も宇宙開発は随分進んでいる未来社会なのに地上の暮らしは驚くほど現代そのままです。これもおそらく意図的なものでしょう。)。
 なぜ2050年にしたかといえば、瀬川さんや僕の世代が70を越して老年に差し掛かっている頃だからではありますまいか。バブル後の円熟消費者世代が既にじいさんばあさんになっている世界です。作中にもそんな老人たちが出てきます。「歴史の終わり」ではないですが、一定豊かな社会になった我々の周辺では、もう意識をゆるがすほどの大変化は起きません。驚くようなことは何もないのです。大都市にも程近い近郊の住宅街で、窮屈な因習もなく、大事件もなく、かといって退屈したり鬱屈するような環境でもなく十二分に快適な世界。去年のヒットチャートは何だったっけ、おや、あれからもう5年経ったのか。ふと気がつけば40年ぐらいはあっという間に過ぎてしまいます。節目節目に祭りなどのイベントもありますが、それも惰性に変わるのに時間はかかりません。惰性だからといってつまらないわけじゃないですからね。ラジオの受信時間が場所によってずれる、というとんでもない現象も日常に織り込んでしまえばそんなに変なことでもありません(本当にこんな現象があればもっと騒がれるはずですが、これはファンタジーなのです。原因を追究する少年「第三の猫」だけはファンタジー外にいるのかもしれません)。
 しかし、変わらないように思えても実際の世界はライヴ感に満ち満ちていています。音楽教師が生徒たちのライヴを聴き損ねたときの打ちのめされた想いなどは、取り返しのつかない「すごいこと」の筈です。土産物店主は意識的になにかを変えようとしますが、他の登場人物たちも確実に変化し続けているのです。不可逆に。特に少年少女は容赦なく。全編にわたって何かエライことが起きるかもしれない、という予感が常に漂っています。その予感を裏切って、致命的な事件は何も起こりません。しかしちょっとした変化は人知れず起こり続けている、そんなイメージでしょうか。出来事があって、それが解決する話ではありません。出来事は解決せず、シームレスに変化へとつながります。ひとくせもふた癖もある作者なので、もっといろいろと仕掛けがありそうなのですが……。

  • ユミとユーミの取っ組み合いは、あれはファンタジー度高かったですね。
  • 録音技師のナガオカさん(主な芸は韜晦)かっこよすぎ。多分引退した殺し屋。いつロッカーの奥から拳銃を取り出して悪漢に立ち向かうのかドキドキしてました。
  • でもやっぱりCDとDVDはナンボなんでも無いんじゃないかなー。
  • 好みからすれば前作『チューバはうたう mit Tuba』の方が勢いがあって趣味ではあります。でも、これも素敵な空気が詰まった物語でした。去年の春「群像」に掲載された「猫がラジオを聴いていたころ」はなるほど『ミサキラヂオ』の後日談だったのですね。読み返したいけど、どこにしまったっけなぁ。
  • この本、表紙絵は帯に印刷してあるデザインなので、帯をはずしてしまうとカバー自体は真っ白なのです。amazonの書影はカバーのみが載りますから、いささか寂しいことになっちゃってます。

モデルグラフィックス」5月号

 宮崎駿の連載「風立ちぬ」の二話目が掲載されています。なぜか全二話だと思い込んでいたので、まだ続きそうな気配に大喜び。今回は昭和3年、陸軍初の国産戦闘機競争試作の話です。後の91式戦闘機となる中島NCは非常に流麗なラインを持った飛行機なのですが、宮崎駿が描くとさらにパワフルさも秘めた雰囲気になりますね。

芸術新潮」4月号

 「パリの骨董」という特集に惹かれて購入。来月号はトーベ・ヤンソン特集だそうです。やっほう。

ミサキラヂオ (想像力の文学)

ミサキラヂオ (想像力の文学)

Model Graphix (モデルグラフィックス) 2009年 05月号 [雑誌]

Model Graphix (モデルグラフィックス) 2009年 05月号 [雑誌]

芸術新潮 2009年 04月号 [雑誌]

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