晴れ

角幡唯介『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』『雪男は向こうからやって来た』

野村亮馬『インコンニウスの城砦』

森薫乙嫁語り』9

★★★★★ なんたる豊穣な漫画! どうやればこんな作品が描けるのでしょう。官能的な線。ウズベキスタンへ一度行ったので読む目が変わりました。

 

 

【Epitaph】フィデル・アレハンドロ・カストロ・ルス

 とうとうこの日が来てしまった。フィデル・カストロが亡くなりました。90歳。そろそろであろうな、とは思っていたので驚きはないですし、大往生でしょうジャージのおじいちゃん。しかし、英雄はついに去ってしまいました。
 英雄。フィデルを評するのに、いちばんふさわしい言葉です


 良い政治家だったでしょうか?
 政治家としては疑問符がつくでしょう。経済政策は失敗し、多数の国民を海の向こうに追いやり、政治犯を獄につなげた。アンゴラで戦争もした。漫画家が仕事するのは大変そう。とはいえ、あえていうならばそういうものです。英雄とははた迷惑なものです。
 日本という地球の裏側から眺めるから、彼のことが尊敬できるのでしょうか?
 確かにそうかもしれません。
 しかし。
 しかしだ。


 弱きを助け強きを挫くことを己の信条とした男。キューバをこよなく愛した男。常に強大な敵に立ち向かってきた男。革命を追って国を出たチェに対し、残って権力の舵取りを続けることを選んだ男。おおいに怒り、おおいに笑い、おおいに悲しむ男。
 一代の英傑。
 本来ならば、18世紀あたりが似つかわしい男。


 野球好きはつとに知られておりました。また、ユーモアを忘れなかった人物です。
 ワールド・ベースボール・クラシックキューバ戦について「国中でテレビを見たから停電になりそうだった」と評した人です。
 武装闘争時代の評伝を差し入れられた際「ノスタルジア!」とだけ口にして興味を持たなかったなど。
 好きなエピソードを挙げていけばきりがないのですが。


 「私はマルクスエンゲルスレーニンと一緒に地獄に落ちるだろう。地獄の熱さなど、実現することのない理想を持ち続けた苦痛に較べれば何でもない」
 いかにも。コマンダンテフィデル・アレハンドロ・カストロ・ルスには天国より地獄の方がはるかに向いています。それだけのことをしてきたし、だいたい天国の平安に我慢などできますまい。地獄の亡者を率い、意気揚々と革命のため戦いにおもむくことでしょう。
 果たして理想が実現することはないかな? いやあ、まだわかりませんよ。がんばりますよ。


カストロ

カストロ

フィデル・カストロ――みずから語る革命家人生(上)

フィデル・カストロ――みずから語る革命家人生(上)

フィデル・カストロ――みずから語る革命家人生(下)

フィデル・カストロ――みずから語る革命家人生(下)

生頼範義(「頼」は正確には違うのですが、はてなで表示されませんでした)

  • Facebookの生頼範義ページで、その作品群を紹介していましてあらためてその仕事量に圧倒されます。「え、これも生頼さんの仕事だったの!?」と驚くものもあり。Twitterでマイフェイバリットな生頼作品が多く挙げられていましたが、小説に映画にゲームに……とてんでんばらばらで、そしてどの絵もマイフェイバリットさもあろうというものばかり。とんでもないことです。「表紙やポスターが本編より面白そう」と枕詞のように評されるイラストレーターはそうそう出てこないでしょう。
  • 緑色の宇宙、ギラギラした男女、ドラマを演出する群像……など生頼作品の魅力を挙げていけばきりがありません。そんななかで僕がいちばん好きな絵を無理矢理ひとつ挙げるならば『女王陛下のユリシーズ号』の表紙になります。クライマックスを見てきたかのような筆致。損傷をこれでもかと強調する後ろ姿。敵ヒッパー級重巡とぶち当たることを確信させる構図。陰鬱な北大西洋の空で輝く照明弾。落ちたら死を意味する凍えた暗い海。その深淵をかきまわすスクリューと航跡。目を奪うホワイトエンサイン。完璧。
  • 僕を形作っているものの少なくない部分は生頼さんに与えられたものです。おつかれさまでした。本当にありがとうございました。
  • 去年、今年と宮崎で生頼範義展をやってまして、僕も観に行っては腰を抜かして帰ってきています。来年も開催されるそうですし、是非是非行きましょう。宮崎もいい街ですよ。

屍者の帝国

  • 原作と話を変えること自体を批判するつもりはないし、絵作りへのこだわりは感じられたし(ちょっとちぐはぐさも感じましたが)……うーん、ひとつ言うならば、登場人物がなにかと叫ぶお話作りはもういいんじゃないの、と思ったことでした。その度に醒めちゃって、我ながらしょうもないことなんですが。感情のラインが唐突なのかな。★★☆☆☆

リトルウィッチアカデミア 魔法仕掛けのパレード』

  • かわいいかわいい。そしてよく動いて気持ちいい! スーシィ好きなんですが、新登場のアマンダもいいなあというわかりやすさ。子供向けアニメの体裁で大人向けに作るというアンバランスさを気にするか、そこを踏まえて楽しむか。★★★☆☆

ジョン・ウィック

  • キアヌ・リーブスが撃ちまくり人を殺しまくる映画。面白かった! バカと格好良さの虚実皮膜を攻めていくようなスタイルで、その塩梅が素晴らしいです。ジョンを単純に見せているのに対して、敵であるロシアンマフィアのボス(津川雅彦に酷似)が実に素晴らしい役どころでした。有能で頭脳派(アタマ使う映画じゃないから難しいことはしないけど、バカじゃないよという見せ方が上手い)で、本人にもいろいろ事情がありそうで薄っぺらくなく、ちゃんと悪い奴でしかも茶目っ気があり……敵の魅力って大事ですね。続編も楽しみにしています。★★★★☆

  • スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチさん、ノーベル文学賞受賞おめでとうございます。あなたの著作に出会えて、そしてあなたの著作を通して多くの人に出会うことができて本当に良かった。生き方に影響を受けたといっても決して過言ではありません。出版や翻訳に関わった皆さんにもお祝い申し上げます。
  • ブレジネフ的快速ではありますが、夏コミの新刊をCOMIC ZIN委託しました。ご贔屓によろしくお願いします。

『日本のいちばん長い日』

  • 原田監督のリメイク版です。ベテラン俳優陣はさすがでした。特に山崎努の鈴木総理は茶目っ気もありつつ信念を感じさせて素晴らしかった。そしてそれ意外はまったくダメです。なぜ終戦の物語を凡庸な家族ドラマに落としこんでしまうのか。わざわざ阿南陸相や鈴木総理、昭和天皇といった人物の内面にスポットを当てるなら、もっと突っ込んだ見せ方をするべきで通り一遍な解釈しかできないならやらんほうがよろしい。一軍を率いる将としては無能、一撃講和を主張し、また跳ねっ返り気味な陸軍を統率するにあたっては腹芸を用い、熱烈な尊皇家で……という阿南惟幾を単なるいい人と描いては魅力も何もあったものではないです。国民を思うと同時に皇統断絶への個人的恐怖を感じていたはず(昭和20年初夏の昭和天皇は体調崩し気味だったそうで、ストレスは相当なものだったのでしょう)の昭和天皇も薄っぺらい名君では何をか言わんや。そしてその薄っぺらいドラマのために宮城占拠事件の枠が削られるもんだから少壮将校たちのギラギラした行動力に説得力が無くなります。
  • 岡本喜八版と比べる残酷なことはしないけど、敢えて言うならばナレーションや人物説明の字幕が無いとテンポや緊張感を削ぐことがよくわかりました。誰が誰かわからないし、状況もあやふやになるし、説明台詞は増えるし。
  • あ、中嶋しゅう東條英機はどこからどう見ても素晴らしく東條英機だったし、でも劇中での扱いはまったくダメだったので(まるで皇道派でした)、同じ役者で別の映画を撮ってほしいですよ。
  • 映画代返せ、という大駄作でないだけにつまらない作品でした。ザ・凡庸。★☆☆☆☆

ベルファスト71』

  • 北アイルランド紛争が最悪の状況を迎えていた1971年のベルファストを舞台に、部隊からはぐれてユニオニスト地区に取り残されてしまった兵士のドラマ。ミニブラックホーク・ダウンみたいなサバイバルものかと思ったら、それだけではなくIRA暫定派、ロイヤリスト民兵、軍工作部隊が交錯するエスピオナージュものでもありました。こうでなくっちゃ、素晴らしい。
  • 全編にわたって油断ならず、緊張感みなぎる佳作です。常に街頭で車が燃やされ、でもその前で子供が遊んでいる日常。暴力と馴れ合うことができたかと思ったら爆弾一発で吹っ飛ぶ世界。隣人を信用できない毎日。たまたま最近『紛争という日常: 北アイルランドにおける記憶と語りの民族誌』を読んでおいたのがとても良かった。お勧めです。★★★★☆

『野火』

  • 塚本晋也監督版です。ひとことで言うならば紛うことなき傑作。内務班の地獄や前線ですり潰される兵士の地獄、戦争指導の地獄に特攻の地獄を描いた邦画は今までもいろいろありましたが、戦記でさんざん読んできた密林の地獄……飢餓、白骨街道、蝿とウジ、あらゆる尊厳が剥ぎ取られた地獄は戦後70年経ってようやく今作で垣間見ることができます。ソ連の『炎628』、ドイツの『スターリングラード』に比肩しますよ。
  • 市川崑版も傑作でしたが、あの客観性叙情性、敢えていえば上品さのようなものは塚本版にはありません(あとで市川版を観たら説明台詞を含めて会話の多いことに驚きました)。主観に立った悪夢です。主役の田村一等兵も被害者として免罪されない容赦の無さ。もちろんこれはフィクションですし、居心地のいい映画館で鑑賞することは現実の百万分の一を撫でるにも値しない体験でしょうけども、、この地獄に多くの日本兵が投げ込まれ、生還した者もその記憶を抱えて戦後を過ごしてきたのかと思えば慄然とします。
  • 塚本監督は予算集めに本当に苦労し、『野火』は超低予算映画で作らざるを得なかったそうですが打診されてカネを出さなかった面々は恥じるといいぞ。
  • スペクタクル映画ではないけど、この濃密な絵は絶対にスクリーンで観るべきです。マスト。★★★★★